<私>を思い出すこと、         それが悟りです!

悟りカウンセラー・ドルフィニスト篤が、
自覚で悟りに至るためのヒントを綴ります。
<< 「悟りハンドブック」出版記念講演会の模様が放映されました! | main | 永遠なものに本物がある!〜戦い、闘争からの自由〜 >>
自我という表面的な現象に囚われない
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。
 

先日、京都の源光庵に行ってきました。


genkoan1.JPG
 

ここは曹洞宗の禅寺ですが、
2つの特徴的な窓があることで有名なお寺です。

 
genkoan2.JPG


1つは、丸い形で悟りを表していて、
「悟りの窓」と呼ばれています。

 
genkoan3.JPG


もう1つは、四角い形で、生老病死(四苦)を表しているそうで、
「迷いの窓」と呼ばれています。


この2つの窓で、禅の神髄を端的に
表していることに感心しました。

 
さて、今日は、
「自我という表面的な現象に囚われない」
というテーマで書いていきます。

 
私達は、いいこと悪いこと含めて、
SNSやメディアなどの情報や、
周りの人の言動などによって、
心を動かされ、
外側の様々な事象に囚われながら生きています。


日常において、心が動かないときは、ほとんどないでしょう。


なぜ、外側の事象に右往左往し、
囚われるのかというと、
少なからずそれらに関心があるからです。


SNSやメディアは人の関心を引きつけるために、
人が関心を持ちそうな情報を提供し、
さらに目を引くようなキャッチーな言葉や音声、画像を使います。


さほど関心がないことでも、
情報が目に入ってくると、
つい気になって見てしまったり、
「なんだろう?」と興味を駆り立てられるのは、
関心の種を持っているからです。

 
では、なぜ、私達は外側の事象に関心を向けるのでしょうか?


それは、
矛盾するように感じるかもしれませんが、
私達は、私の心や自我に関心があり、愛着があるために、
外側の事象に関心が向くのです。


​私達が外側の事象に右往左往する種が、
​内側にあるということです。


例えば、自分のことよりも家族のことの方が気になる・・・


そういう方も多いと思いますが、
そういう方は、きっと家族のことを
自分のことのように感じているのです。


「私の家族」
「私の〇〇〇」
家族が私自身と一体になっていて、
私のもの(所有している)という感覚なのです。
(私のものなど、本当は何もないのですが・・・)


家族の心配をしているとき、
その家族のせいで、
まるで私が心配させられているという感覚になりますが、


実は、心配の種は、私の中にあって、
それを家族に投影しているだけなのです。


家族の問題のように見せかけていますが、
実は自分の心の問題であり、
それだけ心配する自我に関心があるということなのです。


このように自我は外側の対象に投影し、
同化する習性がありますが、すべて自我に種があるのです。


自我にとって、最も関心があり、
同時に最も触れられたくないことは、
自分の評判や評価など、
自尊心・プライドに関わることです。


もちろん、そんなこと普段気にしてない・・・
という方もたくさんいらっしゃると思います。


しかし、いざ、自分のことを誰かが話題にしていれば、
気になるでしょうし、
もし、自分の悪口が聞こえてきたら、
嫌な気分になるでしょう。


また、自分が人生をかけて築き上げてきたことを
いざ、病気になったり、引っ越しになったり、会社が倒産したり、
自然災害にあったり・・・など、何かが起こって、
手放さなければいけなくなったとき、
あるいは失うとなったなら、
それを何とかして守ろうとするのではないでしょうか?


このように、自我は人に認められ、好かれたいし、
わざわざ人に嫌われたり、持っていたものを失ったり、
傷つきたくないのです。


そのために、人に認められるように頑張る・・・


人に嫌われないように
迷惑がかからないようにきちんと対応する・・・


自我は、自尊心・プライドを満たし、
また自尊心・プライドを守り、キープしようとするのです。


それだけ私という自我に対して愛着があるということです。


ここまでの話はすべて自尊心・プライドから生まれる
自我のストーリーですが、
自我はこのストーリーに囚われてしまうので、
簡単に手放すことができません。


このように、自尊心・プライドがある限り、自我に関心が向かい、
どうしても囚われてしまいます。


そして、生老病死に代表される人生で起こる事象に対して囚われ、
必然的に迷いの心を創ることになります。

 
しかし、自我に対する愛着を手放し、関心を向けなくなり、
逆に<私>の本性に関心を向け、それを思い出していくと、
自尊心・プライドは幻想に過ぎないと見破ることができ、
囚われなくなります。


自我や自尊心・プライドが相対的に小さなものとなり、
自尊心・プライドを満たすことや、それを守り、キープすることに
あまり関心がなくなります。


自我が、どのような思考を創り出そうが、
どのような感情を創り出そうが、
どのような欲求を創り出そうが、
自我がどのような性質で、人格であろうが、
それらは現象に過ぎないと達観できるようになります。


喜びがあろうが、苦しみがあろうが囚われない・・・


これは他人に対しても同じように達観できるようになります。


自我という表面的な現象に振り回されないようになるのです。

 
​生老病死(四苦)でさえも、起こってくる一つの現象に
過ぎないと分かり、囚われなくなるということです。


このように達観できるようになるのは、
<私>の本性に気づいているからです。


悟りを深めるには、
自我という表面的な現象に対する愛着を手放し、
本性に関心を向けて、本性に目覚めていきます。


自分や他人がどんな人格であろうとも、
自分や他人がどんな感情を持っていようとも、
それらに囚われないとき、
迷いなく、あるがままを見ることができます。


 
11月中旬に関東の書店で行われている
私の「悟りへの道」選書フェアに行ってきました。

 
20171113_shoraku_1.jpg

 
20171113_shoraku_2.jpg

 
20171113_shoraku_3.jpg


書楽 埼玉・北与野店

 
20171113_junkudo_ikebukuro_1.jpg

 
20171113_junkudo_ikebukuro_2.jpg


ジュンク堂 池袋本店
フェアを今年一杯、開催してくださるそうです。

 
20171113_yurindo_isezaki_1.jpg

 
20171113_yurindo_isezaki_2.jpg


有隣堂 伊勢佐木町本店
こちらはナチュラルスピリット社様のフェアですが、
私の選書も並んでいました。

 
お近くの方は、ぜひお立ち寄りください。

 
大好評の「悟りハンドブック」は、
アマゾンでもご購入いただけます。

 
amakara.JPG


とても興味深い内容になっています。


ピンと来られた方は、ぜひお越しください。


 


ぜひ、ご覧ください。


 


ピンと来た方は、ぜひお会いしましょう!

 
genkoan2.JPG


Dolphinist Academy
ドルフィニスト篤

 
--------------------------------------------------------- 
 

ブログ・ランキングに参加しています。
このブログを読まれた方は、以下のボタンのクリックをお願いいたします。
 

blog_ranking

| 悟り | 02:09 | comments(0) | trackbacks(0) |









トラックバック機能は終了しました。
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>
+ RECOMMEND
+ RECOMMEND
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
  • 「分かって欲しい」「認めて欲しい」という欲求について
    Y (08/07)
  • 目覚めることは、現実が良くなることではない!
    あや (01/31)
  • 「イルカを愛している!」パレードを行います!
    き〜ちゃん (01/28)
  • 「イルカを愛している!」パレードを行います!
    govinda (01/20)
  • 「イルカを愛している!」パレードを行います!
    ドルフィニスト篤 (01/20)
  • 人に合わせることをやめる!!
    miyuki (12/08)
  • 悟りの観点から見た「決断・覚悟」について
    Ambho (08/08)
  • 「物質」から得る「信頼」「確かさ」について
    taka (06/26)
  • 横浜にて「イルカを守ろう!」パレードを行いました!
    Sachie (06/14)
  • 劣等意識はあなたの考えに過ぎない!
    tatsu (07/19)
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE
+ OTHERS
このページの先頭へ