<私>を思い出すこと、         それが悟りです!

悟りカウンセラー・ドルフィニスト篤が、
自覚で悟りに至るためのヒントを綴ります。
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「物質」から得る「信頼」「確かさ」について
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。

 
今日は、身の回りに確かに存在していると感じる
「物質」について書いてみようと思います。

 
今、このブログを読んでいただいていますが、
このブログを表示させているパソコンかタブレットの端末が
目の前にあると思います。

 
そこから視線を外し、家の中を見渡していただければ、
他にもたくさんのモノが目に入ってくると思います。
・マウス
・マウスパッド
・キーボード
・パソコンを置いている机、いす
・部屋の壁
・照明 etc.


マウスを握っているあなたの手も見えます。


一歩家の外に出れば、隣の家があり、道路があり、
車が走り、草木がはえています。


私達は様々なモノに囲まれて生活しています。


日常の中にあふれているモノたちは、
「私」にとって、すべて当たり前のように存在し、
日常においてそれらに気を留めることはほとんどないでしょう。


ましてや
「なぜ、モノがそこに存在しているのだろう?」
「物質とは何か?」
などを考える機会はあまりないと思います。


「いやいや、店で買ってきたからそこにあるんだよー」


確かに一つ一つのモノがなぜそこにあるかは、
誰かがそこにモノを置き、配置したからです。


様々な製品は、作った人の意図があってできあがっています。


近くの山に生えている草木は、風などの自然現象や
鳥によって、その位置に種が運ばれてきたのかもしれません。


すべては原因があるからこそ、結果としてそこに存在しています。



では、「物質」についてもう少し話を掘り下げたいと思います。


今日私が書きたいのは、「物質」そのものがなぜ存在するのか
ということです。


「物質」が存在するのであれば、存在する原因があるはずです。


私は大学で物理学を専攻していたので、
「物質とは何か?」
「なぜ物質が存在し、この宇宙が存在するのか?」
「万物を支配する法則はあるのか?」
などなど、考えることが好きでしたし、今でもよく考えます。


「この世は、幻想である」


スピリチュアルを学ぶとよく出会う言葉ですが、
この世が幻想だとするならば、この幻想の世界を創り出し、
体験している「私」は、幻想ではなく確かにここに存在しています。


「私」が存在しなければ、この世界も存在せず、
たとえ「私」と関係なく存在している世界があったとしても
「私」にとってあることも知らない世界にどれだけの意味が
あるでしょうか?


今、目の前に様々なモノが存在していることを
「私」は認識していますが、「私」はそのモノの存在を
認識することで何を得ているのでしょうか?


そこにモノが存在しているという安心感でしょうか?
それとも、モノが存在しているという信頼感でしょうか?


ちょっと想像していただきたいのですが、
確かに存在していると思っていた目の前のパソコンが
次の瞬間にそこに存在していなかったら、あなたは
どれだけパニックするでしょうか?


さっきまで握っていたマウスが別の質感に変化し、
別のモノに変化していたら、反射的に手を離してしまうと思います。


家の前の舗装された道路が次の瞬間に砂利道に変わっていたら
どうでしょうか?


「これから生活するのに不便だ!」
と思うでしょうか?


これらは一つの思考実験ですが、私達は目の前の現実が
目まぐるしく変化した時、それに適応しようとして必死になるでしょう。

 
その時、たくさんの不安や恐怖を味わうでしょう。
そして、何を信頼していいのか分からなくなります。


目の前の現実が瞬間瞬間に変化していくという話は、
物理学の法則を超えていてファンタジーですが、
この思考実験から分かることは、私達がいかに
目の前の現実を信頼し、安心感を得ているかということです。


私達は、モノは変わらずそのままそこに存在して欲しいと願いますし、
自分の所有物はなくならないようにと願います。


私達はお金があれば安心を感じますが、
本来お金は紙や金属であったり、銀行の口座上の数字です。


社会の合意のもと、私達はそれらに価値を与え、
お金があれば生きていけるという安心を得ます。


私達は、「私」の外側の世界に「信頼」「確かさ」を築き、
安心を得ようとしているのです。


私達一人一人は、この現実を創り出している創造主です。


このように見てくると、「なぜ私達は物質を存在させているのか?」
その理由が見えてきます。


それは、私達が「信頼」「確かさ」を求めた結果、
外側の世界に「物質」が創造されたということです。


ですから、確かさを与えてくれるはずの目の前の現実が
少しでも変わるとパニックします。


では、なぜ「信頼」「確かさ」を私達が求めるのか?


それは、「私」という存在の「信頼」「確かさ」が分からないからです。


私達は「私」という確信がないまま生きているのです。


そして、「私」の外側の世界に翻弄され、奴隷となっていくのです・・・


そのゲームを終わらせたいと思ったら、誰かが解決し、
終わらせてくれるのを待つのではなく、「私」がそのゲームの
主人だったということに気づくことです。



物理学の量子力学は、電子などの素粒子の振る舞いを
記述していますが、そこでは面白いことに
確かに存在していると思っていた粒子が確率的な存在になり、
不確かなものになります。


私達が求めていた「信頼」「確かさ」が
極微の世界には存在しないということです。


このパラドックス、面白くありませんか?


ピンと来た方は、是非ご参加ください。
ドルフィニスト篤


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| 悟り | 22:07 | comments(1) | trackbacks(0) |
はじめまして。

たまたまこちらのブログを見つけ、

「マスターゲート」さんが急遽来日決定!

の記事を読ませて頂きました。

氏の教えはシンプルながらも、奥が深いですね!

私も、「すべては自分が創っている」ということを

日常生活で意識してみようと思います。

いい記事、ありがとうございました。
| taka | 2014/06/26 11:05 AM |










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