<私>を思い出すこと、         それが悟りです!

悟りカウンセラー・ドルフィニスト篤が、
自覚で悟りに至るためのヒントを綴ります。
自分の小ささ、劣等さ、弱さ、無能さ、醜さ、孤独、自己不信、惨めさと向き合うには・・・
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。





先日、悟りメンバーシップの自覚zoomを行いました。


そのときにお話ししたことで、印象的だったことを書きたいと思います。


私達は、
思い通りにならなかったり、
うまくいかなかったり、
失敗やミスをしたり、
誰かと比較したり、
大切なものを失ったときなどに、
辛さ、苦しさを感じます。


そんなとき、目の前の現象に関わらず、
自分が小さく、
劣等で、
弱くて、
無能で、
醜くて、
孤独で、
自分を信じられず、
惨めさを感じます。


そんなとき、エネルギーが奪われたように感じたり、縮こまり、制限され、小さくなってしまった感じがします。


外の景色は何も変わっていないのに、自分だけが箱の中に閉じ込められてしまったかのような感覚になったりします。


過去の出来事によって受けたトラウマ(心の傷)も、その記憶を再生するたびに、エネルギーが縮こまり、小さくなってしまう感覚になり、辛く、苦しく感じます。


このとき、霊的にどのようになっているかというと、
私達はこの3次元では肉体を持っていて、事故に合ったり、怪我をすると肉体が傷つきますが、
同じように、私達は霊的にも身体を持っていて、精神的に傷つくような出来事があると、霊的な身体が傷つくのです。


これがいわゆるトラウマです。

 
肉体も霊的な身体も本当の自分(本性)の観点から見れば幻想で、傷つくことも幻想なのですが、
肉体の観点、あるいは霊的な身体の観点からすれば実際に傷ついているわけです。


私達はどんなことでも、焦点を合わせたものを体験することになるので、霊的な身体の傷に焦点を合わせると、苦しみや辛さなどの痛みを感じることになります。


誰でも痛みを味わいたくないので、霊的な身体の傷をなかなか受け入れられず、
見たくない、認めたくない、できればそんな自分を押し込めておいて、なかったことにして、逃げ出したいと思っています。


このように私達は、肉体が傷つかないように本能的に肉体を防御しようとしますが、
同じように、霊的な身体が傷つかないように、あるいは既に傷ついた痛みを感じなくてすむように防御しようとします。
 

この霊的な身体を本能的に保持しようとするのが、自尊心・プライドなのです。


自尊心・プライドは、怖れから痛みを感じなくてすむように、自分を守ろうとしているわけですから、
霊的な身体が傷つくことや、傷ついた自分を受け入れることや、傷を認めたくないと感じることは、とても自然なことなのです。

 
このように、私達は、自分の小ささ、劣等さ、弱さ、無能さ、醜さ、孤独、自己不信、惨めさを感じることは、心が傷つき、辛さや苦しみなどの痛みを伴うため、そんな自分を受け入れることに抵抗するわけです。

 
そして、そんな自分の小ささ、惨めさをかき消すために、私達は無意識的に、自分の大きさ、優等さ、強さ、万能さ、美しさ、一体感、確信感、偉大さを求めます。


このような理想的な自分になることで、一時的であっても自分というエネルギーが拡大したような感覚が得られるからです。


しかし、ありのままの自分は小ささや惨めさを感じているのに、それを認めず、理想的な自分になろうとすることは、
内側に葛藤を抱えたまま無理やり前進するようなものです。


ありのままの自分から乖離し、背伸びをして理想の自分になろうとすることは、とても辛いことです。


ありのままの自分は愛されずに、置いてきぼりになるからです。


置いてきぼりならまだしも、ありのままの自分を否定し、罰し、縛りつけているかもしれません。


このようなときは当然辛いために、もっと理想的な自分を追い求めるよう自分自身を脅迫し、急き立てることになり、悪循環に陥るわけです。


社会で頑張って働いている方が突然、鬱になるのは、ありのままの自分と理想の自分に心が引き裂かれ、耐え切れなくなった結果です。


 
では、私達はどうすればいいのでしょうか?


近道は、自分の小ささ、劣等さ、弱さ、無能さ、醜さ、孤独、自己不信、惨めさを感じているありのままの自分をはっきり認めて、受け入れてしまうことです。


理想の自分になることを一旦、諦めて、ありのままの自分を受け入れ、降参するのです。


簡単に書きましたが、そんな自分を受け入れられなくて、今まで頑張ってきたわけですから、
今さら、受け入れることは負けを認めることで、不甲斐なく、悔しいことですし、自尊心・プライドが傷つきます。


しかし、悟りの観点からすると、いよいよありのままの自分を受け入れるチャンスが到来したと言えるのです。


自分の小ささ、劣等さ、弱さ、無能さ、醜さ、孤独、自己不信、惨めさは、とてもリアルで、何とかそれを感じなくてすむように願うわけですが、実は、それを自らハートを開いて感じてしまえば、消えてしまうのです。


もちろん、消えていくまでの過程には個人差があり、今までハートを開いてこなかった方は少し時間がかかるかもしれませんが、あんなに心の中で葛藤し、戦ってきたと思ってきた相手も、自らハートを開いて受け入れてしまえば、実体がなく、問題ではないことがわかります。


このように勇気をもって、自分の小ささや惨めさをとことん味わってみる・・・


これはダイレクトに戦いを終わらせる方法の一つです。


 
ダイレクトに自分に向き合うことが難しいという方は、心の赴くままにやりたいことをすることを勧めています。


イルカのように、やりたいことをするのです。

 
先ほどもお話ししたように、小ささや惨めさを感じていると、無意識に大きさや偉大さを求めるので、心の赴くままにやりたいことをしようとすると、それをすることになるでしょう。


自然に、心の小ささや惨めさを克服したいと望むのです。

 
このとき大切なのは、結果ではなく、そのことを情熱を持って取り組んだという経験です。

 
小ささや惨めさを克服して、大きく、偉大な自分になるという理想を掲げ、それに情熱を持って取り組むのです。


そのとき、小ささや惨めさを抱えたまま取り組むことになるので、やりたいことをやっているはずなのに、楽しさや喜びばかりではなく、辛くて、忍耐する場面がたくさん起こってくるでしょう。
 

それでも、意志を固く持ってやり抜くのです。
 

このようにして、忍耐強くやり続け、自分を愛します。
 

そのように自分を大切に扱っていると、あるとき心の中に達成感と喜びが生まれます。


それは、本当の自分と繋がったからで、結果に関係なく、喜びが溢れるのです。
 

そのとき、小ささや惨めさが心に現れなくなります。
 

 
もし、過去において、大きく、偉大な自分になるという理想を掲げ、それに情熱を持って取り組んできたという自負のある方は、やってきたことを認めてあげて、労わってあげると良いでしょう。


結果に関係なく、自分を受け入れ、認めることができれば、同じように、小ささや惨めさが心に現れなくなります。




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| 悟り | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
どんなときにも自分に寄り添い、対話をしましょう!!
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。


先日、悟りメンバーシップの自覚ミーティングを神戸で行いました。





その日は、ちょうど双子座の満月ということでしたが、双子座はコミュニケーションを司っているので、コミュニケーションの話題をしてみました。


「パートナーや友人、家族や職場の人とコミュニケーションするとき、何を求めてる?」
と質問してみました。


・あたたかい愛、エネルギーの交換をしたい
・自分を知りたい
・自分のことをわかってほしい
・自分を伝えたい、相手を分かりたい
・楽しくしたい
・それほどコミュニケーションを求めていない


などなど、意外にバラバラのことが出てきます。




「私は楽しくしたいだけなのに!」


「私はあなたにわかってほしいだけなのよ!」



コミュニケーションに対してお互いに求めていることが違うので、なんかしっくりこない…なんていうことが起き、不満が募っていきます。


話していて、なんか不快になってきたり、ズレを感じたり、通じ合えなさを感じたり・・・


そんなことが、起こってきます。





これは、表面的にはなかなか分かりにくいのですが、男女が別れ話をする時に最後に気づいたりするようなお互いのすれ違いです。


これは、コミュニケーションに対して求めていることがそれぞれが違うことが原因です。


求めていることが違うのに、
「同じ人間なんだからわかるはずでしょ!なんでわかってくれないの!!」
と期待通りに行かずに怒るわけです。




 
今まで多くの方のカウンセリングをする中で見えてきたことは、
コミュニケーションするとき、自我は、表面的には相手のことを思いやっていたり、全体のためだと思っているのですが、潜在的には自分が求めていることが達成されればいいと考えているということです。

 
自分の求めていることを達成させるために、相手の求めていることに計算で対応したり、あるいはきちんと対応しないと社会的にまずいと考えて、やむをえず対応していたり、そうする必要がなければ、本当はしたくないので無頓着だったりします。


皆、それぞれのニーズ、価値観があり、自分の世界から見ているだけで、相手を思いやっているようでいても実は自分勝手なのです。


夢も希望もない話になってしまいますが、どんなに長いパートナーや親友だったとしても、お互いに完全にわかり合っているつもりでも、いざ、蓋を開けてみたら全く違う価値観だったということはよくあります。





人は自分のニーズを満たしたいという自分勝手なものだと知った上で、人とコミュニケーションをして、付き合うようにすれば、期待することもなく、傷つくこともありません。


美輪明宏さんの言葉で、
「腹六分の人付き合い」
というのがありますが、真理だなと思います。





価値観が完全に合って、共鳴し合えること、自分のニーズが100%満たされることを相手に期待せず、表面的に付き合う・・・


そんなの、寂しくて、不安で無理!!という方も多いかもしれません。


ここで、寂しい、不安だという思いが強く出てくる方は、自分の中にある愛を思い出す必要があります。


自分の中にある愛を思い出せば、他人から愛をもらおうとする必要がなくなってくるからです。







自分の中にある愛を思い出すには、自己との対話(自己観察)です。
 

 

 

 

 


コミュニケーションというと、一般的に「他者とのコミュニケーション」のことを指し、相手に愛を求めるのですが、ここでは「自己とのコミュニケーション」によって、自分自身に愛を与えることで、愛を受け取ることにフォーカスします。






例えば、
 

「私は楽しくしたいだけなのに!」


「私はあなたにわかってほしいだけなのよ!」


このように相手に愛を求めているのに、思い通りに行かないとき、


「相手と何をコミュニケーションしたいのか?」


「相手と何を共有したいのか?」


と、自分に関心を持って、自己対話をすることで、相手に求めている欲求を自分がよく知ってあげます。






すると、不思議なことに自然とコミュニケーションしたいという渇望感が収まってきたりします。


このように、自己対話をすることで解決することができます。

 





先ほどの話に戻りますが、寂しさの根本は、本性(本当の自分)との分離感です。


自我が肉体とあまりにも同化して、一体となったために、本性を忘却してしまい、分離してしまったような感覚を体験しているのが、まさに寂しさです。


自我は、本性との分離感を現実に投影して、それを克服しようと努力してきました。


 
人間関係において歓喜を経験することもあれば、失敗したり、誤解されたり、絶望するなど、様々なストーリーを展開させてきたのですが、それは、自我にとって、本性との分離感があまりにもリアルだったからです。


ただ、本性との分離感を克服することを外側に求めることがあまりにも当たり前になってしまったために、本性に関心を向け、認め、愛することを忘れてしまったのです。


それだけ、
自分自身に寄り添わず、愛さず、無視してきたのです。


ですから、
自分が何を望み、何を欲しているのか、
何が不安で、何を怖れていて、
何に傷つき、何を許せないのか、
自分のことをよくわかってあげていないのです。


外側に愛を探しに行くのではなく、自分自身に関心を持ち、徹底的に自分と対話してあげることが大切です。






ただし、自我は、自尊心・プライドや怖れからそれらのネガティブな思考や感情や欲求を認めず、自分に対して巧妙に隠します。


自我は、外側でうまく対処して、ネガティブな思考や感情や欲求に直面しないで済むようにやり過ごそうとしますが、事故やトラブルなどの問題を通して、結局はそれらを体験することになり、必然的に見ることになります。






自我は、「闇」は隠しておいて、「光」を見ていたいのです。


「闇」との直面は、自我にとってとても嫌なことですが、そのような機会を本性(本当の自分)が用意するのです。
 

誰にとっても、何か問題が起こったときこそが、自分自身と直面したり対話するチャンスです。
 

直面しない限り、認めたくない思考や感情や欲求から逃れることはできないのです。

 
直面するとそこにはまって逃れられなくなると思われるかもしれませんが、むしろ逆で、直面してしまうと逃れることができるのです。
 

このように、「闇」に降参して「闇」を受け入れてしまうと、「闇」も形を変えた愛に過ぎなかったことがわかり、心に「闇」が起こってきても、単なる現象として見れるようになります。




そして、自分の中にある愛を思い出すために、自己と対話をして自分が心から望んでいることが見つかれば、自分のために行動し、望んでいないことは、自分のためにやめる・・・


このようにして、自分を愛し続けます。






ここまで読んでいると、自己との対話は、長くかかり、孤独で辛い道のように感じられるかもしれません。


そんな方は心の内を話すことができる仲間を作ることをお勧めします。

 
その仲間と、自分の話をシェアしていくことができれば、自ずと自己対話ができるようになります。


もちろん、家族やパートナーと心の内を話せるのがベストですが、周りに心の内を話せる人がいないという方は、自分に合った、心の内を話せるコミュニティを探すのもいいでしょう。


ここで、重要なことは自分の心の本音をすべてさらけ出しても安全だと思える環境を選ぶことです。


本音をさらけ出しても安全だと信頼できない限り、心の内をさらけ出すことはできないものです。


安全だと信頼できる場や人がないと、自分の本音にさえ気づく機会を失うということです。


自分の本音に気づけないと、漠然とした物足りなさ、空虚さを抱えて生きることになります。


このように人生において心の内を話すことができる仲間がいることはとても大切なことです。


自分の本音を理解し、自分自身を受容できたとき、相手に求め過ぎたり、期待し過ぎることもなく、相手の本音も理解でき、相手との絆を深めることが簡単になります。


コミュニケーションの悩みは消えていくでしょう。


また、自分の本音を理解し、明らかにしていくことは、悟りへと繋がっているのです。






悟りメンバーシップでは、外部から遮断されたFACEBOOKグループで、誰もが心の内を安心してシェアすることができる場が設けられています。

 
また、私達からのメッセージ動画や文章を随時アップしています。


ご入会いただき、自分の本音をはっきりと理解し、受け入れる場として使っていただき、自分との信頼を回復していただければと思います。


どんな自分自身でも受容してみたいという意欲のある方は、大歓迎です。




12/21(金)、22(土)、23(日)の3日間に、神戸のアカデミーで対面セッション、もしくはzoomによるセッションを開催いたします。


悟りに関心のある方はもちろん、ない方でもお気軽に事務局までお申込みください。




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| 悟り | 23:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
「悟りハンドブック」の電子書籍(kindle版)が刊行されました!
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。

 
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| 悟り | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
心が傷つき、心の弱さを抱えているとき・・・

こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。

 


先日は、東京にて、

第37回癒しフェスティバルで特別講演をさせていただきました。

 


お越しいただいた皆様、ありがとうございました。

 


そのときの動画がこちらになります。

タイトルは、「イルカ的自由な生き方」です。

 

 

 

 

講演の内容に関しては、また後日に書きたいと思います。

 

 


その翌週には、千葉・流山にて

悟りメンバーシップの方々と、

自覚ミーティングを行いましたが、
 

 

その後の食事会で、
「傷つきやすく、繊細なままでいい!」という話題になりました。

 


そのことについて書きたいと思います。

 

 


多くの人は、傷つきやすく、繊細であるというと
「大丈夫かな??」と、ネガティブなイメージを持ちます。

 

 


心が傷ついたときや心の弱さを抱えているとき、
 

 

多くの方は

その傷や弱さを直視するのではなく、
なかったかのように抑圧し、隠そうとしたり、
すり替えて、ごまかし、

 

 

強がろうとしたり、大きく見せようとしたりします。

 

 


特に競争社会では、傷や心の弱さは悪(良くないこと)で、
それをなかったかのように隠して、他人や自分をだまそうとします。

 


「私には傷がなく、弱いところがありません」自己正当化し、
傷や心の弱さをコントロールしようとするのです。

 


なぜ、傷や心の弱さをコントロールしようとするかというと、
 

 

1つは、

こんな自分では惨めで、罪だと感じたり、

そんな自分は劣っていると見下していて、許せないからです。

 


もう1つは、

他人から見下され、馬鹿にされないため自己防衛でもあります。

 


そして、強がって見せようとし、傷ついていないふりをしようとします。

 

 


いじめは、

心が弱く、傷を抱えているように見える人

攻撃することですが、

なぜ攻撃するのかといえば、

 


いじめる側も心の弱さや、傷を持っていて、
それを見下せる対象がいるおかげで、
特別感、優越感を感じることができるからです。

 

 


それでも、いじめる側も心の弱さと戦っていることには
代わりありません。

 

 

そもそも、特別な人間、優越な人間が存在しているのでしょうか?

 

 

 

傷や心の弱さを克服し、強くなろうとして、
現実や自分の心に対して、何とか対処しようとしますが、

一時的な解決はあるかもしれませんが、
根本的な解決には至らないことが多いと思います。

 

 


なぜなら、自我が一生懸命に解決しようとしても、
自我はもともと本性から分離した観点でしかなく、
傷や心の弱さを分離させる方向にしか作用しないからです。

 

 


自我が解決を試みて、もがいても、
抑圧するか、すり替えるかしか対処のしようがなく、
常に迷いを生み出し、葛藤して、苦しむことになります。

 

 

 


では、どうすればよいのでしょうか?

 

 

 


傷や心の弱さを何とかしようと対処するのではなく、
逆に、何とかしようとすることを放棄し、手放すのです!

 

 


傷や心の弱さは、悪(良くないこと)ではなく、

あるがまま存在しているだけなので、
それを認めてあげて、戦わないようにします。

 

 

 

ただ、「傷や心の弱さがあるんだよね」と

認めてあげたらいいのです。

 

 

 

「傷や心の弱さがあってもいいんだよ^^」と。

 

 

 


そのような観点が持てたとき、
傷や心の弱さを含めて、すべてが調和し、
完璧であることがわかります。

 

 

 


今までは、自己防衛のために、
自分には問題なんてないよと、強いふりをすることで、

傷や心の弱さをさらけ出さないようにしてきたかもしれませんが、

 

 

実は、本性の観点から見たら、

傷や心の弱さはまったく問題ではないのです。

 

 

 

言葉を変えると、
私の心だからといって、

なんとかコントロールしようとしたり

対処をしたり、

心に責任をとる必要がないということです。
 

 

ただ手放していればいいのです。

 

 

辛いときは、辛いと

苦しいときは、苦しいと

泣きたいときは、泣きたいと

そのまんまでいいよと肯定してあげます。

 


自我が何とかをしようとする必要はなく、

心をあるがままにさせてあげてください。

 

 

 

実は、誰の心も、とても繊細でとてもナイーブです。

 


些細なことでもトラウマになり、心は傷つくのです。

 

 

 


「いやいや、私は傷つかない!」

 


とおっしゃられる方もいらっしゃるかもしれません。

 


しかし、誰もが自尊心・プライドを持っていて、

心をしっかりと直視してみたら、
些細なことに引っ掛かっていたり、気になっていたりするものです。

 

 


繊細でナイーブなのは、とても本質的なので、
それをそのまま受け入れた方が自然なのです。

 


実は、目覚めれば目覚めるほど、自分の心も他人の心も
気づくようになるので、ある意味でより繊細になっていきます。

 

 


傷つきやすく、繊細で、ナイーブな自分を

認めて、受け入れてしまうことで、
逆に、自分自身をありのまま信頼できるようになり、
確信に満ちた、本当の強さが生じ、

本当の優しさ、慈悲が生じます。

 

 


傷つきやすく、繊細な自分を肯定してあげることがポイントです。

 

 

 

 


自分の心を美化して、自分に嘘をついても
得るものは何もありません。

 

 


自分をごまかさずに、心をあるがままに、

正直に見るようにしましょう。

 

 


今までの習慣で、気丈に振舞うのが当たり前で、
心を振り返る余裕がなかった方は、
繊細で、ナイーブな自分を知らないかもしれません。

 

 


あるいは、傷や心の弱さを長い間、抑圧したために、
不感症になっている方もいらっしゃる
と思います。

 

 


不感症であることは本来、正常ではありません。

 

 


そういう場合も、傷や心の弱さを感じたときに、
それを少しずつ感じてあげて、辿りながら、
感覚を取り戻すことができます。

 

 

 

自分の心をそのまんま感じてあげることは、

私への愛です。

 

 

 

 

そのように、心をあるがまま受け止めて、

強くなる必要もなく、弱さを卑下する必要もないことを悟り、

心の強さ、弱さを超越していくことは、1つの悟りです。

 

 

 

本性は、心の強さ、弱さとは関係がなく、
一度も傷ついたこともなければ、

心の強さ、弱さの比較基準もありません。

 

 

 

強いから〇〇だ、弱いから〇〇だと、

ジャッジし、ラベルを張っているのは、

一体誰なのでしょうか?

 

 

 

「イルカのように生きて、悟る」をコンセプトに、
日々、自覚を深めるための

会員制コミュニティ「悟りメンバーシップ」が、

9月1日よりスタートしました。

 

 

今までは、対面での講義を中心としていましたが、

お忙しい方や遠方の方もご参加いただけるように、
オンラインを中心としたシステムへと改定し、

「悟りクラス」から「悟りメンバーシップ」に

名称を変更いたしました。

 

 

ただいま、新規会員を募集しています。

 

 

詳しくは、ホームページをご覧ください。

 

 

 

 

ナチュラルスピリット社のStar People Webに

私とドルフィニスト綾子/イルカくん&いるかちゃんの記事が

掲載されました。

 

 

ドルフィニスト篤

https://starpeople.jp/interview/20180905/547/

 

 

ドルフィニスト綾子/イルカくん&いるかちゃん

https://starpeople.jp/interview/20180906/660/

 

 

 

 

私の著書「悟りハンドブック」には、

どのように<私>を見て、自覚していけばよいかの

詳細が書いてありますので、

まだ読んでいらっしゃらない方は是非、

ご購読いただければと思います。

 

 

 

 

 

悟りハンドブック公式サイトも新たにできました。

 

 

 

Dolphinist Academy

ドルフィニスト篤

 

 

 

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| 悟り | 17:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
奉仕のススメ 〜自我の解体〜

こんにちは。

Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。

 

 

先日、京都・清水五条にてメンバーシップの方と共に

悟り合宿を行いました。

 

 

 

 

毎度のことですが、今回もとても濃くて深い合宿になり、

参加された方々はたくさんの刺激を受けて帰られました。

 

 

今でも、その後の自覚やシェアが続いていて、

どれほど凝縮した学びだったかが伺えます。

 

 

 

合宿の中でも触れたのですが、

このブログで、もう少しまとめておきたいことがあるので、

書こうと思います。

 

 

 

<私>の本性は、愛、信頼、安心、幸せ、喜びそのものです。

 

 

しかし、自我はそれらが「私にはない!」、

「不足している!」と感じ、

この不満は、外側のせいだと主張したくて、

不満を解消するために、外側に解決を求めます。

 

 

自我は、自分が変化することを望まないので、

「あの人のせいだ!」

「あの状況がいけないんだ!」と、

原因を外側に転嫁して、外側を悪に仕立て上げて、

自己保身をしようとします。

 

 

実際には自我は実体がなく、幻想なのに、

自分の正当性を主張し、拒絶したり、抵抗して、

自我が存在することを主張して、留まろうとするのです。

 

 

このように、拒絶、抵抗そのものが自我であると言えます。

 

 

つまり、自我は、いつでもどこでにでもある

愛、信頼、安心、幸せ、喜びそのものである

本性に対して抵抗し、受け入れないわけです。

 


このように、本性と戦っているか、

殻にこもって、卑屈になって、

惨めさを感じているのが自我です。

 

 

決してあるがままを受け入れようとはしません。

 

 

そして、不足を埋め合わせるためには、

目の前の現実を克服し、戦おうとします。

 

 

当然のことですが、苦しみがいつも伴います。

 

 

 

このように自我は、頑固に本性に抵抗するわけですが、

愛、信頼、安心、幸せ、喜びを<私>の中に見い出し、

抵抗をやめるには、どうすればいいのか・・・

 

 

 

これは人生における大きなテーマだと思います。

 

 

 

私がお勧めしているのが、

<私>を愛し、

「<私>がやりたいことをやる」という

<私>への奉仕です。

 

 

何をするかと言えば、

<私>の中から溢れてくる思いや、情熱を大切にして、

行動してあげるのです。

 

 

そうすることで、

<私>の中にある愛を確信していくことができます。

 

 

具体的に話していくと、

 

 

最初のうちは、

・休みたい

・〜を飲みたい、食べたい

・心地いい気分になりたい

 

 

そんな肉体的欲求に耳を傾けることになるかもしれません。

 

 

また、

・人に愛されたい

・認められたい

・信頼されたい

 

 

・出世したい

・権力を持ちたい

・有名になりたい

・お金持ちになりたい

 

 

そんな欲が溢れてくるかもしれません。

 

 

最初は、そのような自我を満たすことに関心が向くでしょう。

 

 

このような欲をまず満たしてあげます。

 

 

 

そのように自我の欲求を満たすことを繰り返していると、

あるときから、いつも同じことを繰り返しているだけでは

満たされず、不毛な感覚になるかもしれません。

 

 

 

そのような状態が長く続くと、

倦怠感、飽きを感じるようになり、

生きている意味が感じられなくなり、

限界に突き当たるかもしれません。

 

 

 

これは、自我ばかりに関心が向かい、

その繰り返しに魂がうんざりするのです。

 

 

自我ばかりに関心が向かっているとき、

<私>は、自我に拘束されているのであり、

そのときにも苦しみが伴います。

 

 

 

<私>が本当に願っているのは、本性の愛、信頼、安心、幸せ、喜びに

関心が向かい、それを見い出すことなのです。

 

 

 

 

しかし、これは誰かが「こっちだよ」と

方向を指し示すことはできても、

実際に愛、信頼、安心、幸せ、喜びは

自分で見つけ出すしかありません。

 

 

 

では、どうすれば良いか・・・

 

 

 

その突破口として次にお勧めするのは、

<私>への奉仕を通して、

全体、あるいは他者へ奉仕することです。

 

 

(他者への奉仕と書くと、宗教と誤解されそうですが、

宗教とは一切、関係がありません。)

 

 

 

最初は、<私>に奉仕しようとすると、

自我を満足させることばかりに関心が向かいますが、

<私>への奉仕を情熱的に続けていれば、

自然に全体、あるいは他者への奉仕に関心が向いてくるはずです。

 

 

関心が向いてくるという表現が適切でなければ、

自然とそうしたくなるという感じです。

 

 

 

全体、あるいは他者への奉仕というと、

宗教でよく言われる利他の精神です。

 

 

 

奉仕にも様々な形があり、一般的に奉仕というと、

他者に尽くし、自己犠牲するというイメージがありますが、

ここで言いたいことはそのように重く、深刻なことではなく、

相手を楽しませてあげたり、

「どうぞお好きなように!」と、

自由を与えてあげることでいいのです。

 

 

すべての人が自覚のある、なしに関わらず、

潜在的に「悟り」を求めているので、

究極的な奉仕は、全体、あるいは他者が目覚め、

愛、信頼、安心、幸せ、喜びそのものである本性を思い出せるように

助けたり、献身することです。

 

 

何かモノをあげたり、特別なことをしなければいけないのではなく、

無理せずに、今の自分ができる貢献でよく、

自分の経験や自覚して気づいたことなどでもいいし、

自分が持っているものを分け合い、シェアすることで、

「考え」の鎖でがんじがらめになっているところを

自由にさせてあげることであり、

また、そのような場を作ることです。

 

 

このように相手の精神が自由になることで、自然に自分の中に

愛があることを思い出したり、

信頼(自信)があることを思い出したり、

安心があることを思い出したり、

幸せがあることを思い出したり、

喜びがあることを思い出すのです。

 

 

奉仕する対象は、家族、友人、自分が関わるコミュニティなど、

自分の身の回りにいる人に対して、

自分ができることをすることで十分で、

大きなことをしようと、無理をしてもあまり得るものはありません。

 

 

最初は、「奉仕とはこういうものだ」という

形から入ることになると思いますが、

形を全うすることが目的なのではなく、

奉仕を通して、自分の中にある愛に目覚めていくのです。

 

 

そして、できれば相手の自我に奉仕するのではなく、

自我の解体を助け、本性を思い出させてあげるような奉仕をします。

 

 

 

これはどういうことかというと

相手の自我を満足させることばかりをするのではなく、

本性を思い出すために、相手の自我が嫌がることもするということです。

 

 

自我は、奉仕することによって相手からの見返りを期待していて、

相手の自我が嫌がることをすれば、当然、相手からの見返りはなく、

相手から見返りもなければ、奉仕する意欲も萎えるかもしれません。

 

 

しかし、それでも奉仕を続けていると、

奉仕することそのものが<私>の愛の確信を

深めてくれるギフトであり、

相手からの見返りがなくても充分だと思えるようになってきます。

 

 

このように、奉仕することによって、

<私>の愛の確信が深まり、

それによって自然に自我を手放すことになるので、

相手からの見返りが必要なくなるのです。

 

 

このように、全体、あるいは他者への奉仕を献身的にしているうちに

自分の中にある愛に目覚め、確信を持つようになるので、

そうなれば、奉仕という形を手放しても、

愛があることを確信できるようになります。

 

 

 

これは、昔から既存の宗教が言っていることですが、

他者、または全体へ奉仕することで、悟りへと至る道です。

 

 

<私>の本性は、他者を含めた全体でもあるので、

<私>への奉仕を通して、

他者、または全体への奉仕になり、

逆に他者、または全体への奉仕は、

すなわち<私>への奉仕になります。

 

 

ただ、奉仕というと「真面目にやらなければいけない」という

義務感が先行しがちで、形に囚われたり、気負ったりしがちですが、

深刻になる必要はなく、軽い気持ちでやればいいのです。

 

 

 

自我の欲求を満たすだけでは、得られる満足は小さく、

得られた満足も一時的で、限界を感じると思います。

 

 

それは、自我という小さな限界の自分ではないことを

どこかで知っているからです。

 

 

自我のやりたいことを自分勝手にやりたい放題することが

喜びではなくなってくるのです。

 

 

それは本性の中の一時的な小さな喜びに過ぎません。

 

 

 

 

「イルカのように生きて、悟る」というと、

自我の喜びだけを追求するように誤解されるかもしれませんが、

イルカは、自我も持ち合わせていますが、

本来、本性そのものとして生きているので、

全体に奉仕することが自然であり、本性の喜びの中にいつもいるのです。

 

 

 

最初は、役に立っているという満足感や価値を自我が感じたいために

他者、または全体へ奉仕しようとするでしょう。

 

 

惨めさを克服し、愛されようと奉仕をしても、

期待したように見返りがなく、

もっと愛される自分になろうとして頑張っても、見返りがなく、

相手を恨むことになるかもしれません。

 

 

「あんなに、やったのに」という言葉が出てくるときは、

「見返りを期待していたのに、得られなかった」という

心境だということです。

 

 

また、「奉仕とはこうすることだ。」

奉仕に対する考えや形ばかりに囚われて、

それを実践しても、見返りがないと不満になりなります。

 

 

奉仕は、何かの教えに従って、教えられた通りにやることではありません。

 

 

奉仕に正解があるわけではなく、

あなたの中から湧いてくる自発的な愛があれば十分です。

 

 

ついつい形や現れに囚われてしまい、

形や現れをきれいにすること、素晴らしくすること、

大きくすることに力を入れてしまいがちですが、

本来、それは問題ではないのです。

 

 

 

もし、見返りがないと不満になっているのであれば、

自我に囚われていることを自覚します。

 

 

たとえ見返りがなくても、奉仕を続けていると、

次第に自我の満足だけに関心を向けるのではなく、

全体や他者が自由になり、目覚めることが喜びとなり、

そちらに関心が向かうようになります。

 

 

そこには、損得勘定もなく、見返りも期待せず、

ただ奉仕し、献身したい<私>がいるだけです。

 

 

 

ただ奉仕し、献身することが嬉しく、喜びになるのです。

 

 

そして、それをやらせてもらえることが、

ありがたくて、幸せなのです。

 

 

 

このようにして、自我(小我)から本性(大我)へと

関心が移行していきます。

 

 

そのとき、自我の欲求にそれほど囚われなくなり、

自然に削ぎ落とされています。

 

 

このように他者が存在してくれるお陰で、

自我を解体することができ、悟りへの道を歩めるのです。

 

 

 

全体、あるいは他者に奉仕しなければいけないと考えると、

やりたくないという抵抗感が生まれるかもしれません。

 

 

これは、あくまで<私>がやりたいことをやることが大切で、

<私>への奉仕が基本です。

 

 

これを間違えると、「奉仕をすることはいいことだ」

「奉仕をしなければいけない」という考えの奴隷になってしまい、

どんなに奉仕をしても、期待したような見返りがなく、

達成感や特別感がなく、不満ばかりが募ります。

 

 

やみくもに形ばかりの奉仕をしても、

自我が解体されることはありません。

 

 

また、損得勘定が気になるのであれば、

手放しで奉仕することは難しいでしょう。

 

 

 

奉仕は特別なことではなく、

人は、他人のニーズをキャッチして、

意識的か無意識的かに関わらず、自然に奉仕をしているものです。

 

 

 

今まで奉仕し続けてきたという自負があり、

疲弊感、徒労感を感じる方は、

今までどれだけやってきたかを自分で認めてあげて、

いたわってあげてください。

 

 

もし、奉仕することに困難を感じるならばやめた方がいいでしょう。

 

 

奉仕は、喜びからやるべきで、

無理に自分に強いると、心の傷になります。

 

 

自分のハートに聞きながら、自分のペースで行ってください。

 

 

 

奉仕の原動力は、全体、あるいは他者に対する無条件の愛、

慈悲の心、思いやりです。

 

 

全体、あるいは他者への奉仕の結果は、

自我が解体され、本性と繋がり、<私>の中に愛を見つけ、

喜びと感謝になります。

 

 

 

もし、あなたが愛されたいのであれば、自分から先に愛するべきです。

 

 

もし、あなたが信頼されたいのであれば、自分から先に信頼するべきです。

 

 

 

自我が求めていることを待つのではなく、

先に与え、奉仕するのです。

 

 

自分から愛(思いやり)や信頼を出すことを続けていれば、

自分の中に愛や信頼があることが

確信できるようになり、やがて外側に愛や信頼を求めなくなります。

 

 

<私>の中にある本性を見つけ出すのです。

 

 

自分の中に愛や信頼を確信できれば、

自分の中にそれが満ち溢れ、<私>の中で循環するようになります。

 

 

そのとき、自分の存在価値を探す必要はなく、

ありのままの自分を心から受け入れることができます。

 

 

そして、<私>の中に溢れる愛や信頼をシェアしたいという

慈悲心に目覚めます。

 

 

そして、すべての行動がその愛に突き動かされていることがわかり、

すべてが本性から起こっているだけであるとわかります。

 

 

また、本性の愛を自覚しているとき、

行動していなくても、存在するだけで、奉仕していることに気づいています。

 

 

不平不満、憎しみや恨みであっても

もともと愛であることがわかります。

 

 

このように自然に湧き上がってくる奉仕心を使って、

自我を解体していく道もあります。

 

 

 

「イルカのように生きて、悟る」をコンセプトに、
日々、自覚を深めるための会員制コミュニティ「悟りメンバーシップ」が、

9月1日よりスタートします。

 

 

今までは、対面での講義を中心としていましたが、

お忙しい方や遠方の方もご参加いただけるように、
オンラインを中心としたシステムへと改定し、

「悟りクラス」から「悟りメンバーシップ」に名称を変更いたしました。

 

 

ただいま、新規会員を募集しています。

 

 

詳しくは、ホームページをご覧ください。

 

 

 

9/2に、12:30〜東京・浅草にて開催される

心と体が喜ぶ癒しフェスティバルで、ドルフィニスト篤、綾子が

「イルカ的自由な生き方」というタイトルで特別講演いたします。

 

 

また、出展ブースでは、「悟りハンドブック」のサイン会、

オーラスプレーの販売もいたします。

 

 

是非、遊びに来てください。

 

 

 

9/2、3、4に東京にて急遽、個人セッションを行うことになりました。

 

 

まだ枠はありますので、ピンと来た方はこの機会にぜひ!

 

 

 

私の著書「悟りハンドブック」には、

どのように<私>を見て、自覚していけばよいかの

詳細が書いてありますので、

まだ読んでいらっしゃらない方は是非、

ご購読いただければと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dolphinist Academy

ドルフィニスト篤

 

 

 

 

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| 悟り | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
「悟りメンバーシップ」新規募集開始いたしました!

こんにちは。

Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。

 

 

半年間ほど自分自身を集中的に見つめ、

またメンバーシップの活動を中心に行っていたため、

ブログの更新は久しぶりになります。

 

 

 

 

このたび、「イルカのように生きて、悟る」をコンセプトに、

日々、自覚を深めるための会員制コミュニティ

「悟りメンバーシップ」をスタートさせることになりました。

 

 

今までは、対面での講義を中心としていましたが、

お忙しい方や遠方の方もご参加いただけるように、

オンラインを中心としたシステムへと改定し、

「悟りクラス」から「悟りメンバーシップ」に名称を変更いたしました。

 

 

詳細はこちらになります。

http://dolphinist.jp/class/enlightment/index.html

 

 

 

現代では、技術革新のスピードがますます早くなり、

少し前まで注目を集め、重宝されていたものが、

あっという間に陳腐化していきます。

 

 

生まれた時からネット環境が当たり前で、

小さい時からたくさんの情報に触れてきた世代が大人になる中で、

起業やビジネスなど大人になってから始めるものと思ってきたことも

学生の頃から当たり前に始める人が増え、

早熟の傾向にあるというニュースがありました。

 

 

また、たくさんの情報が溢れているために、

少子高齢化や老後の問題などに対して、

若い頃から備えようとする方も増えているように感じます。

 

 

情報が溢れると、それに合わせて対策を取って、

効率的に生きて行こうとします。

 

 

このように自分を守ろうとする意識が働くのは自然なことですが、

社会のニーズに応え、情報に合わせて生きて行こうとすると、

常にありのままの自分ではいられず、

何者かにならなければいけないという強迫観念に囚われることになります。

 

 

このように社会のニーズに応え、情報に合わせて生きているうちに

本来の自分自身を見失いがちです。

 

 

実際に、情報が溢れるのと比例して、

効率を求める社会に合わせ、社会に振り回される生き方に

疑問を感じている人が増えているのを感じます。

 

 

それだけ、潜在的に真の生き方を探している方が多いのではないでしょうか。

 

 

しかし、多くの方はその本音には気づかないふりをして、

社会に合わせた自分自身を演じ続けることを選択します。

 

 

「悟り」は、社会に合わせるのではなく、

本音である、ありのままの自分自身を見つめていき、

それを肯定していく道です。

 

 

それは、一見すると、社会と相反する生き方のように見えますが、

人間として、とても自然な生き方にシフトしていくということであり、

宇宙とシンクロした生き方になります。

 

 

 

何者かになるのではなく、ありのままの自分を生きていく・・・

そして、真の<私>を思い出していく・・・

 

 

色褪せることのない永遠の<私>のまま、

その<私>で生きていく・・・

 

 

このことを本当に受け入れることは、

ご縁のある人に愛されることや、信頼されること、評価されることなど、

また、何者かになったり、何かを得たりすることなどの

現世的な欲を手放さなければいけないかもしれません。

 

 

それなりの覚悟が必要でしょう。

 

 

しかし、その覚悟以上の「悟り」という真の自由が自分に返ってきます。

 

 

真の<私>を思い出し、

この自由が他の何にも代えがたいことがわかります。

 

 

もし、現世的な今までの生き方に疑問を感じる方、

自分自身を振り返ってみたいという方、

イルカのように生き、精神的な自由を得たいという方、

「悟り」に関心をお持ちの方、

是非、「悟りメンバーシップ」に入会して、

真の<私>を思い出してみませんか。

 

 

<私>を思い出す旅は、どこまでも続きますが、

<私>に気づいていくことは、他の何にも代えがたく、

 エキサイティングなものです。

 

 

仲間と共に、真の<私>を思い出していく旅を始めましょう!

 

 

自ら悟りを求める意志のある方のご入会をお待ちしております。

 

 

 

「悟りメンバーシップ」は、9月1日よりスタートいたします。

(9月1日以降も随時入会できます)

 

 

ただいま、新規会員を募集しています。

 

 

詳しくは、ホームページをご覧ください。

http://dolphinist.jp/class/enlightment/index.html

 

 

※ 入会されても、いつでも退会できます。

 

 

 

9/2に、12:30〜東京・浅草にて開催される

心と体が喜ぶ癒しフェスティバルで、ドルフィニスト篤、綾子が

「イルカ的自由な生き方」というタイトルで特別講演いたします。

 

 

また、出展ブースでは、「悟りハンドブック」のサイン会、

オーラスプレーの販売もいたします。

 

 

是非、遊びに来てください。

 

 

 

 

Dolphinist Academy

ドルフィニスト篤

 

 

 

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| 悟り | 15:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
永遠なものに本物がある!〜戦い、闘争からの自由〜
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。
 

1月には東京・神保町にて、2月は神戸・元町にて
悟りクラス兇鮨卦開講いたしました。
 

jinbocho.jpg


kobe.jpg


今回のクラスでは、私の中の叡智を余すことなく
お伝えすることができたように思います。
 

悟りクラス兇任蓮⊆我が幻想であることを
はっきりと確信できるように様々な角度からお話ししました。
 

ご参加いただいた方々にとっては、衝撃的な内容だったようですが、
逆にすっきりして、肩の荷が下りたという方もいらっしゃいました。
 

今まで、自分を主張して、発揮しようと頑張ってきたり、
​欲しいものを得るために必死になったり、
あるいは、自分を守らなければいけないと思ってきたけれど、
「その自分がいないんだ」ということで、
力が抜けて、本当にあるがままでいいんだということが
腑に落ちたようです。
 

・自分で(私が)やりたい!
・やっている自分を実感したい!
・自分で(私が)何とかしなければいけない!


そんなふうに現実の中を駆け抜けてきたかもしれませんが、
それは、本性の<私>を受け入れ、ゆだねるのではなく、
本性の<私>と戦い、抵抗してきたということです。


自分と戦うなんて本当に不毛ですよね!


そのことを自覚したら、早く辞めることです。



 
クラスでは、本性の<私>の質についてたくさんお話ししました。


ここには、書ききれませんが、


個を超えた本性の<私>に関心を向けていくと、
今まで目の前の現実やドラマ、問題ばかりに
関心が向かっていたのが、
抽象的で、誰にでも当てはまる普遍的なことに
関心が自然に向かうことになります。


本性の<私>は、愛、歓喜、至福そのものですが、
そのように<私>の本質は、誰かに所属するものでもなく、
条件もなく、抽象的なものだということです。


それは、時空を超えた永遠なものとも言えます。


その抽象度の高い質を、知識として知るのではなく、
​体験として腑に落とし、確信していきます。


このような抽象的なものは、具体性がなく、
目の前の現実と比べると刺激がないように感じ、
その重要性が伝わらず、見過ごされがちです。


学校の授業でも、具体的な話でないと分かりにくく、
抽象的な概念の話が続けば、眠たくなるものです。


眠るということは文字通り、目覚めの逆であり、忘却です。


このように、<私>の本性は抽象的で、具体性がないために
私達は関心を持ち続けることができずに、
確信が持てないまま無視し、目の前の現実やドラマに陥ってきました。


 
仏教では、諸行無常と言われるように
外側の現象界に現れた形あるモノや現世的な価値は、
必ず変化し、劣化していきます。


​現象界の現れも本性の<私>なのですが、
そこに永遠性を見出すことはできません。


このことを、物理学ではエントロピー増大の法則で表します。


しかし、本性の<私>は永遠で変わらないのです。


そこには永遠の愛、永遠の信頼、永遠の安心、永遠の幸せ、永遠の真実があります。


逆に、この現象界はその影、マーヤ(幻影)を見ているに過ぎないのです。


このことを哲学者プラトンは2500年ほど前からおっしゃっています。


Plato.jpg


残念ながら、
この現象界の中で、本当の愛、信頼、安心、幸せ、真実を探しても、
片鱗を見つけることはできても、永遠性を見出すことはできません。


ですから、現れでしかない表面的な現象界、
​そこに繰り広げらているドラマに振り回されないことです。


逆に、本性の<私>に関心を向けていると、
本当の愛、信頼、安心、幸せ、真実​を見出し、
​自然に哲学者になっていきます。


悟りクラス兇鮟えた自覚ミーティングの時間では
全員がその一瞥体験をすることができました。


本性の<私>を受け入れるだけですから、本来簡単なことなのです!


​自分のことですからね。

 
(本当は、受け入れるということさえいらないのですが・・・)
 


クラスにご参加いただいた方々は、
<私>の中にある本性の質を探し当てること、自覚の重要性が
わかっていただけたと思います。
 

 
自我は幻想であるという話をしてきましたが、
自我にリアリティがあると信じ、それに囚われるとき、
目の前の現実が重要にならざるを得ません。


自我は強烈な体験、刺激を求め、現象界にこだわろうとするのですが、
自我にリアリティをつければつけるほど、
周囲と比較することによって、自分自身に制限を課すことになり、
不足感や葛藤を抱えることになります。


不足感、葛藤は「考え」に過ぎず、実体がないのですが、
それを抱えている人は、外側にその問題の解決を求め、
他人との競争など外側に争いを創るようになります。


そして、戦い、闘争するようになります。


そういう方は、内面を見ると、
自分の不足感、葛藤を見ることになるので、
「暗くなるから嫌!」
​「気分が悪いから嫌!」と
内面を見ることに抵抗を感じます。


それは、とても自然なことです。


しかし、自分が抱えている不足感、葛藤を見ないまま、
すべてを周りのせいにして、それから逃げ続けることは、
一時的にうまく行ったように見えても、
すぐに辛さが生じるはずです。


不足感や葛藤をはっきり見てしまえば、
それらが「考え」に過ぎず、実体のない幻想であることがわかります。


私達は、「考え」に実体をもたせ、それらに右往左往しているだけなのです。


そのように、内面を見て、自覚することで、戦い、闘争から自由になり、
至福感がやってきます。


至福感は、目に見えず、繊細で、まるで何もないように錯覚しますが、
これこそが時間を越えて永遠なものであり、あらゆるところに偏在していて、
変化することのない実体なのです。





 
2017年12月に、地球ひろしさんが主宰する
earth-TVに出演いたしました。



1/20(日)に東京・池尻大橋にて、
ナチュラルスピリット社主催で
「<私>の本性を思い出すワークショップ
〜愛、信頼、安心、幸せ、喜び、真実は<私> の中にある〜」
を開催いたしました。


ワークショップ中の写真撮影禁止だったため
会場の写真はありませんが、
会場一杯にご参加いただきました。


こちらがワークショップ前に撮った写真です。


natural_spirit.JPG


お花とお菓子をいただきました!
ありがとうございました。


1月には、神奈川・川崎にある日本で初めての
スピリチュアルショップ「ラブランド」さんにて
個人セッションを開催させていただき、
たくさんの新しい方との出会いがありました。


LoveLand.jpg


1、2月で、お伝えしたかったことを参加者の方々に
すべてお伝えすることができました。

 
これから研修のため、
しばらくクラスや個人セッションを
お休みさせていただきます。


今後の予定は、4月以降にホームページ等で
告知いたしますので、またよろしくお願いいたします。


 
Dolphinist Academy
ドルフィニスト篤



Plato.jpg

 
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| 悟り | 01:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
自我という表面的な現象に囚われない
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。
 

先日、京都の源光庵に行ってきました。


genkoan1.JPG
 

ここは曹洞宗の禅寺ですが、
2つの特徴的な窓があることで有名なお寺です。

 
genkoan2.JPG


1つは、丸い形で悟りを表していて、
「悟りの窓」と呼ばれています。

 
genkoan3.JPG


もう1つは、四角い形で、生老病死(四苦)を表しているそうで、
「迷いの窓」と呼ばれています。


この2つの窓で、禅の神髄を端的に
表していることに感心しました。

 
さて、今日は、
「自我という表面的な現象に囚われない」
というテーマで書いていきます。

 
私達は、いいこと悪いこと含めて、
SNSやメディアなどの情報や、
周りの人の言動などによって、
心を動かされ、
外側の様々な事象に囚われながら生きています。


日常において、心が動かないときは、ほとんどないでしょう。


なぜ、外側の事象に右往左往し、
囚われるのかというと、
少なからずそれらに関心があるからです。


SNSやメディアは人の関心を引きつけるために、
人が関心を持ちそうな情報を提供し、
さらに目を引くようなキャッチーな言葉や音声、画像を使います。


さほど関心がないことでも、
情報が目に入ってくると、
つい気になって見てしまったり、
「なんだろう?」と興味を駆り立てられるのは、
関心の種を持っているからです。

 
では、なぜ、私達は外側の事象に関心を向けるのでしょうか?


それは、
矛盾するように感じるかもしれませんが、
私達は、私の心や自我に関心があり、愛着があるために、
外側の事象に関心が向くのです。


​私達が外側の事象に右往左往する種が、
​内側にあるということです。


例えば、自分のことよりも家族のことの方が気になる・・・


そういう方も多いと思いますが、
そういう方は、きっと家族のことを
自分のことのように感じているのです。


「私の家族」
「私の〇〇〇」
家族が私自身と一体になっていて、
私のもの(所有している)という感覚なのです。
(私のものなど、本当は何もないのですが・・・)


家族の心配をしているとき、
その家族のせいで、
まるで私が心配させられているという感覚になりますが、


実は、心配の種は、私の中にあって、
それを家族に投影しているだけなのです。


家族の問題のように見せかけていますが、
実は自分の心の問題であり、
それだけ心配する自我に関心があるということなのです。


このように自我は外側の対象に投影し、
同化する習性がありますが、すべて自我に種があるのです。


自我にとって、最も関心があり、
同時に最も触れられたくないことは、
自分の評判や評価など、
自尊心・プライドに関わることです。


もちろん、そんなこと普段気にしてない・・・
という方もたくさんいらっしゃると思います。


しかし、いざ、自分のことを誰かが話題にしていれば、
気になるでしょうし、
もし、自分の悪口が聞こえてきたら、
嫌な気分になるでしょう。


また、自分が人生をかけて築き上げてきたことを
いざ、病気になったり、引っ越しになったり、会社が倒産したり、
自然災害にあったり・・・など、何かが起こって、
手放さなければいけなくなったとき、
あるいは失うとなったなら、
それを何とかして守ろうとするのではないでしょうか?


このように、自我は人に認められ、好かれたいし、
わざわざ人に嫌われたり、持っていたものを失ったり、
傷つきたくないのです。


そのために、人に認められるように頑張る・・・


人に嫌われないように
迷惑がかからないようにきちんと対応する・・・


自我は、自尊心・プライドを満たし、
また自尊心・プライドを守り、キープしようとするのです。


それだけ私という自我に対して愛着があるということです。


ここまでの話はすべて自尊心・プライドから生まれる
自我のストーリーですが、
自我はこのストーリーに囚われてしまうので、
簡単に手放すことができません。


このように、自尊心・プライドがある限り、自我に関心が向かい、
どうしても囚われてしまいます。


そして、生老病死に代表される人生で起こる事象に対して囚われ、
必然的に迷いの心を創ることになります。

 
しかし、自我に対する愛着を手放し、関心を向けなくなり、
逆に<私>の本性に関心を向け、それを思い出していくと、
自尊心・プライドは幻想に過ぎないと見破ることができ、
囚われなくなります。


自我や自尊心・プライドが相対的に小さなものとなり、
自尊心・プライドを満たすことや、それを守り、キープすることに
あまり関心がなくなります。


自我が、どのような思考を創り出そうが、
どのような感情を創り出そうが、
どのような欲求を創り出そうが、
自我がどのような性質で、人格であろうが、
それらは現象に過ぎないと達観できるようになります。


喜びがあろうが、苦しみがあろうが囚われない・・・


これは他人に対しても同じように達観できるようになります。


自我という表面的な現象に振り回されないようになるのです。

 
​生老病死(四苦)でさえも、起こってくる一つの現象に
過ぎないと分かり、囚われなくなるということです。


このように達観できるようになるのは、
<私>の本性に気づいているからです。


悟りを深めるには、
自我という表面的な現象に対する愛着を手放し、
本性に関心を向けて、本性に目覚めていきます。


自分や他人がどんな人格であろうとも、
自分や他人がどんな感情を持っていようとも、
それらに囚われないとき、
迷いなく、あるがままを見ることができます。


 
11月中旬に関東の書店で行われている
私の「悟りへの道」選書フェアに行ってきました。

 
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書楽 埼玉・北与野店

 
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ジュンク堂 池袋本店
フェアを今年一杯、開催してくださるそうです。

 
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有隣堂 伊勢佐木町本店
こちらはナチュラルスピリット社様のフェアですが、
私の選書も並んでいました。

 
お近くの方は、ぜひお立ち寄りください。

 
大好評の「悟りハンドブック」は、
アマゾンでもご購入いただけます。

 
amakara.JPG


とても興味深い内容になっています。


ピンと来られた方は、ぜひお越しください。


 


ぜひ、ご覧ください。


 


ピンと来た方は、ぜひお会いしましょう!

 
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ドルフィニスト篤

 
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| 悟り | 02:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
「悟りハンドブック」出版記念講演会の模様が放映されました!
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。

 
先日、スピリチュアルTVに生出演させていただきました。

 
放送の中で、パレスホテル東京で行った
「悟りハンドブック」出版記念講演会の模様を
放送してくださいました。

 
こちらが、その録画です。

 
パワーポイントを使って、わかりやすく
量子力学からの「悟り」について解説しています。

 
放送の最後には、イルカのスピリット
「イルカくん&いるかちゃん」が
これからの地球について話しています。



 

「悟りハンドブック」出版記念講演会の模様を
全6話に分割して編集した動画は以下になります。





「悟りハンドブック」出版記念講演会 vol.01 ご挨拶

 


「悟りハンドブック」出版記念講演会 vol.02 量子力学からの「悟り」

 


「悟りハンドブック」出版記念講演会 vol.03 「自覚」とは

 


 
「悟りハンドブック」出版記念講演会 vol.04 自我のからくり

 


「悟りハンドブック」出版記念講演会 vol.05 苦しみの自覚



「悟りハンドブック」出版記念講演会 vol.06 Q & A

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選書フェアを各地の書店で開催していただいていますが、
このたび、書楽 北与野店(埼玉)にて私の選書フェアが
始まりました。

タイトルは、「イルカのように生きる」です。

書楽 北与野店は、スピリチュアルの書籍が大変充実しています。

お近くの方は、ぜひお立ち寄りください。

大好評の「悟りハンドブック」は、


11/11(土)、12(日)に千葉・流山にて、
悟りクラス気魍催いたします。



ピンと来た方は、ぜひお越しください。
 


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ドルフィニスト篤


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| 悟り | 17:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハートの声を大切に扱い、魂を癒す
こんにちは。
Dolphinist Academyのドルフィニスト篤です。


先日、悟りクラスの中でお話しした
トピックスについてシェアしたいと思います。


私たちは日常において、
何かを考えたり、感じたりしている自我が<私>だと
錯覚しています。


<私>という存在は、
「制限の中に束縛された自我である」
という幻想を
信じ込んでいるのです。


(幻想とは、実体がないのに存在していると信じていること)


この幻想から解放されるためには、
<私>=自我 
であるという幻想が、
二元から生まれる「考え」であり、
言い換えると、すべては嘘に過ぎないという
自覚を起こす必要があります。

 
octahedron.jpg

 
自我は、あるがまま(一元)ではなく、​
好き嫌いなどのジャッジ、欲望などの
「光」と「闇」という二元の幻想の中に存在しています。
 

この二元の幻想は、魂の記憶からやってきます。


魂には、生まれてから今まで過ごしてきた過去の記憶や、
何度も輪廻してきた過去生の記憶があります。

 
魂には、過去の悲しかった出来事、辛い経験、
嬉しかった思い出など様々な出来事が
「光」と「闇」の二元の記憶としてあります。


ときには、トラウマや魂の傷として刻まれています。


また、様々な習慣や癖を持っています。


そして、その幻想を延々と繰り返そうとします。

 
魂の記憶も幻想に過ぎず、
魂の存在も本当は幻想なのですが、
自我の観点から見ると、とてもリアルさがあり、
一般的には、実体があるものとして受け入れられています。

 
この魂の記憶が、
<私>=自我である
という幻想に実体を持たせるのです。


このように、魂を絶対的なものと考えている方が多いかもしれませんが、
魂もまさに二元の中に存在しています。

 
体験したくないことに対する拒否感や好き嫌い、
やりたいという欲求などは、魂の記憶(二元)からやってきます。


この二元の観点を持っている時点で、
そこには分離があり、どこかにこだわり、
執着があるサインであり、必ず苦しみが伴っています。


ですから、魂から来る衝動は、
魂が二元であることから来ていることを
自覚し、見破っていくのです。
 

二元からの解放が悟りであり、
自覚を通して、一元である本性へと還っていきます。


魂は、存在自体が二元であり、
すべてを二元の観点で見ていますので、
二元の観点を自覚し、それを手放していくことで、
魂を癒し、魂を鎮めて(鎮魂)いくことができますが、
それが悟りにおいても重要であり、
生きる上で大切になります。

 
heart.jpg


それでは、私たちが魂を
どのようにして感知しているかというと、
主にハートを通して感知しています。

 
ハートは魂への扉です。


ですから、
まずいつもハートに関心を向けることを習慣にして、
ハートで感じることを大切にしていきます。

 
頭で考えるのではなく、ハートで感じるようにします。


ハートの声は、魂からやって来るので、
「光」と「闇」を抱えた二元の中に存在しています。
 

ですから、ハートに恐怖や不安を感じるのであれば、
自分を抱きしめて、安心させてあげて、


寂しさを感じるのであれば、
自分自身に寄り添い、慰めてあげます。


ハートがワクワクしたり、
やりたいことがあれば、
それを行動し、
ハートが望むように現実を創造していきます。

 
​ハートの声を当たり前にせず、ハートの声に誠実であり、
大切に扱っていきます。


私たちは、楽しかった出来事、好きなもの、良いものなど
「光」だけを受け入れたいと望みますが、
「光」も「闇」も抱えたありのままの魂を受け入れるのです。


このようにして、ハートで魂を受け入れていくことで、
絶対的だと思い込んでいた二元の観点が癒され、
二元の観点を手放すことができ、
結果的に、魂から来るハートの声に囚われなくなります。

 
それは、魂の癒し、鎮魂です。

 
最初はただハートの声に素直に耳を傾け、
自分に優しくし、
やりたいことをやり、欲望を叶えてあげます。


自分を誤魔化したり、嘘をつかないことがポイントです。

 
やりたいことをするときに、
結果を得ることが重要なのではなく、
自分に誠実にやりたいことをしているプロセスが重要です。

 
やりたいことをすることで、
魂が癒され、潤い、満足するのです。

 
魂が癒され、鎮魂することで、
​魂が純化されて、透明になり、
欲が削げ、二元の観点が消えていきます。


​すると、ハートの声に同化しなくなっていき、
ハートの声が二元の「考え」に過ぎないことが、
自然にわかるようになり、ハートに翻弄されなくなります。

 
ハートの声が二元であることに気づいているということは、
本性(一元)に目覚めているということです。


魂が純化されてくると、余計な雑念がなくなり、
ハートの声もシンプルになり、よりはっきりとわかるようになり、
迷いや疑いがなくなってきます。


自分の中にすべての答えがあると信頼でき、
自己信頼が増すのです。


 
魂は、長い輪廻の経験の中で、
外側に関心を向けることで、
外側の対象との比較を生み出し、
そこから欲望が生じ、
競争したり、争ったりして傷ついてきました。


それは、延々と繰り返される終わることのない
二元のドラマでした。


まず、外側にばかり関心を向けるのではなく、
ハートに関心を向けて、魂を癒し、
更にハートの幻想から目覚めることで、
二元のドラマを終わらせることができます。

 
入り口は、ハートに関心を向け、
それに誠実でいることですが、
やがて、ハートの幻想から解放され、
本性(一元)に目覚め、悟りに至るのです。

 
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junkudo-ikebukuro1.jpg


ジュンク堂三宮店に引き続き、
10月初旬からジュンク堂池袋本店にて、
私の選書フェアを行っています。


タイトルは、
「イルカのように生きる」フェア!


出版社の方が、飛び出すイルカの看板を作ってくださいました!!


本当にありがとうございます。

 
池袋西武デパートの近くです。

 
ぜひお立ち寄りください。
 


大好評の「悟りハンドブック」は、
アマゾンでもご購入いただけます。


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